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ピザと親方、日本とナイジェリア その1(追記あり8/19/08)
「美味しんぼ」、という有名な漫画があります。
その中の「ピザの横綱」というエピソードが、読んだときにどうにも気に入りませんでした。
ざっと要約すると、ある相撲部屋の関取がピザレストランのオーナーの娘さんに恋をしてしまい、結婚したいと望んでいるのですが、「相撲取りにはちゃんこしかない」という「信仰」にどっぷりとはまってしまっていて、近年の若い力士たちの「洋食好き」、「ちゃんこ嫌い」を苦々しく思っている親方が(ピザ屋の娘なんぞとんでもないということで)、それに反対するだろうから、というので、山岡さんの出番となります。
で、山岡さんは搦め手を持って、親方をごまくらかして関取と娘さんの交際を親方に認めさせて、まぁメデタシ、メデタシ、となるわけです。
まぁ、現在では、いくら相撲界という古い世界でもそんなアホな親方(相撲取りはちゃんこしか食っちゃいかん、みたいな)はいないでしょうし、実際には「ちゃんこ」というのは「食事全般」をさす相撲界用語のようですから、かなり無理のある設定ではありますが、強引に話を進めます。
私が気に入らないのは、「これは根本的な解決ではない」と思っちゃうところなんですね。
漫画のなかにも出てくるセリフなんですが、「栄養学的に正しく計算されていれば、伝統的なちゃんこか、そうでないものかは問題ではない」が正解だと思うんです。
もちろん、経済性や、力士一人一人の好み、作る側の手間等、のファクターも考慮しなくてはならないし、「伝統的に続いてきた」ということは一定の合理性もあったからだ、ということも当然考えなくてはなりません。
が、私は、「力士の食事は伝統的なちゃんこが一番」というところで思考停止している親方が、なんとも気に入らない。
で、この親方の考え方を、根本的に変えなければ本当の解決でないと、思ってしまうわけですね。
そういう私の考え方に「余計なお世話」、「現実的でない」、「人それぞれ」、「そういう世界に生きてきた人に対する考慮が無い、失礼」、「特にこの場合逆効果」等々の批判がくることはわかっています。
そして、話は私が数十年ほど前に二年間を過ごしたナイジェリアに飛びます。
私は西アフリカのナイジェリアに二年ばかり駐在していました。
産油国であるナイジェリアは外貨が入ってくるので、その周辺諸国に比べれば国家としては比較的(周辺に比べれば圧倒的か)ドルを持っています。
ですので、外国人駐在員も多く、日本人だけでも当時600人ほどの各社からの駐在員がいました。
ナイジェリアは元イギリス領ですが、もともと250以上の部族が住み、それぞれ違う言語、文化、宗教(イスラムが多いですが、もっと昔はそれぞれの土着宗教)を持っていたところに、無理やり英語を標準言語として独立した国家です。
そこで、私が見たものは、極めて部族中心的、呪術的な思考の250の部族単位の文化の違う人たちが、「近代国家」とは何かも知らず、国家内で争いあっている姿です。
しかも、周辺貧困国から首都ラゴス(現在は、内陸にあるアブジャに首都を移しています)に職を求めて人口が流入してくるので人口過多で、人と人との揉め事も絶えない。
もともと豊富な外貨にまかせて近代都市ラゴスを作ったのですが、結局メインテナンスができなくて、ちゃんと動いている信号機が珍しいほどです。
交差点では、われ先に進もうと云う車がごっちゃになっちゃって、まるで知恵の輪状態。
全ての車がクラクションを鳴らし、全てのドライバーが「Let me go!」と叫んでいます。
水は腐り、空気は汚れ、道はボコボコとなり、その中を無数の車が走り回って、走る車のすぐ脇では人が寝ています。(ただ寝ているのか、力尽きて倒れているのか)
毎朝、同じ道を通ると3日おきぐらいには新しい死体を見つけます。
たいてい車に轢かれて手足の1〜2本が無くなっていることが多い。
そして、それらの死体をなかなか片付けないので、結局、ほぼ毎朝、死体を見ながら出勤することになります。
ラゴス市は下手に物資があるだけに、人間の欲が丸出しになってしまいます。
物資、特に電気製品などは金持ち用、貧乏人にはなかなか手が届きません。
「巨大都市に住む」という「自己抑制」が必要とされる暮らし方というものを分かってないから、欲しけりゃ盗む、気に入らなきゃ殴る、泥棒なんぞ見つけたら群集でリンチして最後は人間BBQ。(私は3度目撃しました)
道なんぞ、うっかり歩こうものなら、20〜30人ぐらいの人たちに囲まれてしまいます。
「マスター、バナナ」、「マスター、たばこ」、「マスター、Dash me some money.(Dashはチップとか、あるいは単に金くれって、意味です)」、大人も子供(5−6歳ぐらいから)頭の上に大きなザルのようなカゴを乗っけて外国人を見るとなにかを売りに集まってきます。
もっと小さな子供たちは、ターゲットのベルトを掴んで離そうとしません、なにがしか貰うまでは。
そして、小さな子供たちに、外国人を見つけたら「マスターと呼べ」というなんとも悲しい教育。(「オイボ」という外国人に対する蔑称もありますが)
治安は最悪でした。
私自身、つまらない理由で車がエンコしてしまい、しばらく止まっているうちに5−6人に車の中に入ってこられてナイフを付きつけられ、偶然キャッシュで持っていた5,000ドルばっかり奪われました。
ま、刺されなかっただけめっけもん、というところでした。
政情は安定せず、軍事クーデターが繰り返され、少数民族は大変な苦難にさらされています。
で、どうして世界でも指折りの産油国であり、他のアフリカ諸国に比べれば恵まれた環境であるはずのナイジェリアがこういう状況になってしまうのか。
色々な理由があげられるでしょう。
植民地から独立した国の自治の難しさ、とか、国内の経済格差(こういう国はどうしても資本が一部に集中してしまいます)、ハゲタカのようないわゆる先進国の略奪(主にヨーロッパ、でも日本も含まれています)等々。
ですが、最大の問題はもともと近代国家の考え方が熟成していなところに、近代国家を建設しようとしたところにあると思うのです。
と言うか、どうしても「民度」の話になってしまうのです。
「リクツ」で物事を判断しようとせず、全て感情まかせ、あるいは「家族愛、民族愛」に縛られ「国家」単位でものごとを考えることがむずかしい国民。
あきらかに、「理性」であるよりは、「昔っから」とか、「好き、嫌い、気に入る、気に入らない」だけでしか思考できない人たち。
例えば、政治家を選ぶときに民族愛で選ぶよりは、だれが適材なのかで選ぶべきであるなどという事を一顧だにしようとしない、ようするに「非合理的」で「理性は二の次」の集団では「近代国家」など成り立たないという見本がここにあります。
結局、「美味しんぼの相撲部屋の親方」ばかりがいる世界なわけです。
「デタラメが広まることのどこが有害なのか」という議論がありますが、ナイジェリアでは決定的な破壊力で「非合理、非理性的な考え方」が猛威をふるい続けています。
そして、ナイジェリアは決して例外などでなく、こういう世界に住む人々の方が、おそらく世界のマジョリティです。
つづきは、またあらためて。
*現在のナイジェリアについては、次の二つのリンクを参照してみてください。基本的に私が滞在していた数十年前と状況は変わっていないようです。
(ウィキペディア:ナイジェリア)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%82%A2
ナイジェリアに対する渡航情報(危険情報)の発出(外務省海外安全ホームページ)http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2007T149
追記及び上の文章の細かいところを修正8/19/08
追記:現在のナイジェリアについて、こちらも是非ご覧になってください。
特集 豊かな原油に蝕まれるナイジェリア
ナショナルジオグラフィック 2007年2月
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0702/feature05/
その中の「ピザの横綱」というエピソードが、読んだときにどうにも気に入りませんでした。
ざっと要約すると、ある相撲部屋の関取がピザレストランのオーナーの娘さんに恋をしてしまい、結婚したいと望んでいるのですが、「相撲取りにはちゃんこしかない」という「信仰」にどっぷりとはまってしまっていて、近年の若い力士たちの「洋食好き」、「ちゃんこ嫌い」を苦々しく思っている親方が(ピザ屋の娘なんぞとんでもないということで)、それに反対するだろうから、というので、山岡さんの出番となります。
で、山岡さんは搦め手を持って、親方をごまくらかして関取と娘さんの交際を親方に認めさせて、まぁメデタシ、メデタシ、となるわけです。
まぁ、現在では、いくら相撲界という古い世界でもそんなアホな親方(相撲取りはちゃんこしか食っちゃいかん、みたいな)はいないでしょうし、実際には「ちゃんこ」というのは「食事全般」をさす相撲界用語のようですから、かなり無理のある設定ではありますが、強引に話を進めます。
私が気に入らないのは、「これは根本的な解決ではない」と思っちゃうところなんですね。
漫画のなかにも出てくるセリフなんですが、「栄養学的に正しく計算されていれば、伝統的なちゃんこか、そうでないものかは問題ではない」が正解だと思うんです。
もちろん、経済性や、力士一人一人の好み、作る側の手間等、のファクターも考慮しなくてはならないし、「伝統的に続いてきた」ということは一定の合理性もあったからだ、ということも当然考えなくてはなりません。
が、私は、「力士の食事は伝統的なちゃんこが一番」というところで思考停止している親方が、なんとも気に入らない。
で、この親方の考え方を、根本的に変えなければ本当の解決でないと、思ってしまうわけですね。
そういう私の考え方に「余計なお世話」、「現実的でない」、「人それぞれ」、「そういう世界に生きてきた人に対する考慮が無い、失礼」、「特にこの場合逆効果」等々の批判がくることはわかっています。
そして、話は私が数十年ほど前に二年間を過ごしたナイジェリアに飛びます。
私は西アフリカのナイジェリアに二年ばかり駐在していました。
産油国であるナイジェリアは外貨が入ってくるので、その周辺諸国に比べれば国家としては比較的(周辺に比べれば圧倒的か)ドルを持っています。
ですので、外国人駐在員も多く、日本人だけでも当時600人ほどの各社からの駐在員がいました。
ナイジェリアは元イギリス領ですが、もともと250以上の部族が住み、それぞれ違う言語、文化、宗教(イスラムが多いですが、もっと昔はそれぞれの土着宗教)を持っていたところに、無理やり英語を標準言語として独立した国家です。
そこで、私が見たものは、極めて部族中心的、呪術的な思考の250の部族単位の文化の違う人たちが、「近代国家」とは何かも知らず、国家内で争いあっている姿です。
しかも、周辺貧困国から首都ラゴス(現在は、内陸にあるアブジャに首都を移しています)に職を求めて人口が流入してくるので人口過多で、人と人との揉め事も絶えない。
もともと豊富な外貨にまかせて近代都市ラゴスを作ったのですが、結局メインテナンスができなくて、ちゃんと動いている信号機が珍しいほどです。
交差点では、われ先に進もうと云う車がごっちゃになっちゃって、まるで知恵の輪状態。
全ての車がクラクションを鳴らし、全てのドライバーが「Let me go!」と叫んでいます。
水は腐り、空気は汚れ、道はボコボコとなり、その中を無数の車が走り回って、走る車のすぐ脇では人が寝ています。(ただ寝ているのか、力尽きて倒れているのか)
毎朝、同じ道を通ると3日おきぐらいには新しい死体を見つけます。
たいてい車に轢かれて手足の1〜2本が無くなっていることが多い。
そして、それらの死体をなかなか片付けないので、結局、ほぼ毎朝、死体を見ながら出勤することになります。
ラゴス市は下手に物資があるだけに、人間の欲が丸出しになってしまいます。
物資、特に電気製品などは金持ち用、貧乏人にはなかなか手が届きません。
「巨大都市に住む」という「自己抑制」が必要とされる暮らし方というものを分かってないから、欲しけりゃ盗む、気に入らなきゃ殴る、泥棒なんぞ見つけたら群集でリンチして最後は人間BBQ。(私は3度目撃しました)
道なんぞ、うっかり歩こうものなら、20〜30人ぐらいの人たちに囲まれてしまいます。
「マスター、バナナ」、「マスター、たばこ」、「マスター、Dash me some money.(Dashはチップとか、あるいは単に金くれって、意味です)」、大人も子供(5−6歳ぐらいから)頭の上に大きなザルのようなカゴを乗っけて外国人を見るとなにかを売りに集まってきます。
もっと小さな子供たちは、ターゲットのベルトを掴んで離そうとしません、なにがしか貰うまでは。
そして、小さな子供たちに、外国人を見つけたら「マスターと呼べ」というなんとも悲しい教育。(「オイボ」という外国人に対する蔑称もありますが)
治安は最悪でした。
私自身、つまらない理由で車がエンコしてしまい、しばらく止まっているうちに5−6人に車の中に入ってこられてナイフを付きつけられ、偶然キャッシュで持っていた5,000ドルばっかり奪われました。
ま、刺されなかっただけめっけもん、というところでした。
政情は安定せず、軍事クーデターが繰り返され、少数民族は大変な苦難にさらされています。
で、どうして世界でも指折りの産油国であり、他のアフリカ諸国に比べれば恵まれた環境であるはずのナイジェリアがこういう状況になってしまうのか。
色々な理由があげられるでしょう。
植民地から独立した国の自治の難しさ、とか、国内の経済格差(こういう国はどうしても資本が一部に集中してしまいます)、ハゲタカのようないわゆる先進国の略奪(主にヨーロッパ、でも日本も含まれています)等々。
ですが、最大の問題はもともと近代国家の考え方が熟成していなところに、近代国家を建設しようとしたところにあると思うのです。
と言うか、どうしても「民度」の話になってしまうのです。
「リクツ」で物事を判断しようとせず、全て感情まかせ、あるいは「家族愛、民族愛」に縛られ「国家」単位でものごとを考えることがむずかしい国民。
あきらかに、「理性」であるよりは、「昔っから」とか、「好き、嫌い、気に入る、気に入らない」だけでしか思考できない人たち。
例えば、政治家を選ぶときに民族愛で選ぶよりは、だれが適材なのかで選ぶべきであるなどという事を一顧だにしようとしない、ようするに「非合理的」で「理性は二の次」の集団では「近代国家」など成り立たないという見本がここにあります。
結局、「美味しんぼの相撲部屋の親方」ばかりがいる世界なわけです。
「デタラメが広まることのどこが有害なのか」という議論がありますが、ナイジェリアでは決定的な破壊力で「非合理、非理性的な考え方」が猛威をふるい続けています。
そして、ナイジェリアは決して例外などでなく、こういう世界に住む人々の方が、おそらく世界のマジョリティです。
つづきは、またあらためて。
*現在のナイジェリアについては、次の二つのリンクを参照してみてください。基本的に私が滞在していた数十年前と状況は変わっていないようです。
(ウィキペディア:ナイジェリア)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%82%A2
ナイジェリアに対する渡航情報(危険情報)の発出(外務省海外安全ホームページ)http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2007T149
追記及び上の文章の細かいところを修正8/19/08
追記:現在のナイジェリアについて、こちらも是非ご覧になってください。
特集 豊かな原油に蝕まれるナイジェリア
ナショナルジオグラフィック 2007年2月
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0702/feature05/
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Comments
つづきが楽しみ
初めまして
これまでちょちょんまげさまご本人には何のご挨拶もしていなかったことにいまさらながら気が付き。。。嘘です、お世話になっております。トラックバックありがとうございました。
親方は「美味しんぼ」のパターンに沿って戯画化されすぎてると思うんですが、ちまたにあふれるプチ親方に対して、全部正面から勝負してても負けるんで山岡さん的なアプローチもありはありだろうと思います。
しかしワシは正面から行く。という人も必要なのであって、私は、少なくとも個人的に、正面から行きます。そして正面から行くちょちょんまげさんを正面から支持します。方法論じゃなくて根っこが問題なのに方法論ばっかりにかまけて根っこを見失ってはいかんです。
さて、それで、今までなんの疑問ももたずにやってきた方法がそれなりに機能していてナイジェリアに行くような機会が全くない場合、親方のような場合ですが、どうすればいいんでしょうか。続きを楽しみにしております。
親方は「美味しんぼ」のパターンに沿って戯画化されすぎてると思うんですが、ちまたにあふれるプチ親方に対して、全部正面から勝負してても負けるんで山岡さん的なアプローチもありはありだろうと思います。
しかしワシは正面から行く。という人も必要なのであって、私は、少なくとも個人的に、正面から行きます。そして正面から行くちょちょんまげさんを正面から支持します。方法論じゃなくて根っこが問題なのに方法論ばっかりにかまけて根っこを見失ってはいかんです。
さて、それで、今までなんの疑問ももたずにやってきた方法がそれなりに機能していてナイジェリアに行くような機会が全くない場合、親方のような場合ですが、どうすればいいんでしょうか。続きを楽しみにしております。
柿の木さま、とらこさま
コメント、ありがとうございました。
ダブルレスにて失礼いたします。
お二人のご入場とともになにやら異臭がしてきたように思うのは私だけでございましょうか。(笑)
これが書きたくてダブルレスにしてしまいました。
>柿の木さん
>親方の根本的な意識を変えるのは難しそうですが、ナイジェリアの人々が、自分たちの力で内側から意識を変えていくのもまた難しそうですね。
難しいですね。特にナイジェリアでは。
500年ぐらいかかる話かも。
でも、日本に住んでて「理解しようとさえしない」ってのはありなんでしょうか?
結局、じょ〜しきの話なんですけどね。
「栄養学的に正しく計算されていれば、伝統的なちゃんこか、そうでないものかは問題ではない」が唯一の正解であるはずで、そのぐらいの情報は日本だったらいくらでもころがってると思うんです。
(これは、騒動云々を別にして書きますが「水は人語を解さない」ぐらいの情報も又(多少の翻訳は必要かも知れないけど)、いくらでもあると思うんです。)
本来そこまでは「人それぞれ」が入る余地はないと思うんです。
そこを認めたうえで、含まれる諸要素を考える、エントリにも書いた経済性や、手間や、好みや、あるいは伝統的にどうだったか、ということも考慮する理由の一つではあると思うんです。
さらには、現在の栄養学が教えるところが本当に正しいのかどうか、という議論もありえると考えるのですが、「それぞれ」を言いたがる人たちはそこを何か誤解してるのではないでしょうか。
>ナイジェリアの人々は、「これまでこのやり方でうまくいっていた」とは思ってないかも知れないので、そこが希望というか可能性
多分、「ずっと前は部族主義で上手くやってた」と思ってる、と思うんです。(無意識の可能性のが高いかな)
というより、それが価値観なんだと思うんですよ。
どっかで聞いたことがあるような話だと思うのですが、「部族の中では皆仲良く、お互い利益は分け合って(社会的なポジションの分け合いも血縁だけで行って)、で、そもそも部族主義がどうのこうのなんて根本的な話は、波風立てるだけから最悪よ」みたいな。
で、だれかが言い出したとすると、必ず「親方」みたいのが出てきて、押さえつける、で、そういう「親方」ってまず間違いなく権力を持ってる(部族内では)やつなんですよね。
親方の話を書いていて、私が高校時代に「マラソン大会めんどっちいから廃止論者」だったのが、自分が3年間走ったあと「俺もやったんだから継続論者」にいきなり手のひらを返したように変わったのを、思い出しました。
きょ〜ふのダブスタニンゲンだ。
>とらこさん
>ちまたにあふれるプチ親方
非常に上手く表現していただいてありがとうございます。
今後、多用させていただきたく、ご了承くださいませ。
別エントリにコメントを下さり、本エントリ関連の記事を書いてくださった、
「粉塵爆発電網記憶」http://www.avgas-bb.com/wp/?p=116のNANさんという方がいらっしゃいます。
この方にはNATROMさんの「進化論と創造論の掲示板」で私が大変お世話になり、多くを教えてくださった方なのですが、NANさんはご信条として「変えられるのは自分だけ、他者を変えることはできないし、期待してもいけない」を持っておられ(NANさん合ってますよね?)リアルでも本当にそのように考えて行動していらっしゃるようにお見受けしています。
で、私はNANさんがおっしゃるように「変えられるのは自分だけ」に同意です。
ただ、「自分を変える」のに、さまざまな情報が必要なのは事実だと思うし、他者もそうであろうと思うので、厳密かどうかの議論はあるものの「科学ではまず間違いとされていないもの」の信頼性は、ほかのものに比べるとはるかに高いと考えますので、私が分かる範囲内で「おかしいぜ」って云うものは批判したいと思っているのです。
ダブルレスにて失礼いたします。
お二人のご入場とともになにやら異臭がしてきたように思うのは私だけでございましょうか。(笑)
これが書きたくてダブルレスにしてしまいました。
>柿の木さん
>親方の根本的な意識を変えるのは難しそうですが、ナイジェリアの人々が、自分たちの力で内側から意識を変えていくのもまた難しそうですね。
難しいですね。特にナイジェリアでは。
500年ぐらいかかる話かも。
でも、日本に住んでて「理解しようとさえしない」ってのはありなんでしょうか?
結局、じょ〜しきの話なんですけどね。
「栄養学的に正しく計算されていれば、伝統的なちゃんこか、そうでないものかは問題ではない」が唯一の正解であるはずで、そのぐらいの情報は日本だったらいくらでもころがってると思うんです。
(これは、騒動云々を別にして書きますが「水は人語を解さない」ぐらいの情報も又(多少の翻訳は必要かも知れないけど)、いくらでもあると思うんです。)
本来そこまでは「人それぞれ」が入る余地はないと思うんです。
そこを認めたうえで、含まれる諸要素を考える、エントリにも書いた経済性や、手間や、好みや、あるいは伝統的にどうだったか、ということも考慮する理由の一つではあると思うんです。
さらには、現在の栄養学が教えるところが本当に正しいのかどうか、という議論もありえると考えるのですが、「それぞれ」を言いたがる人たちはそこを何か誤解してるのではないでしょうか。
>ナイジェリアの人々は、「これまでこのやり方でうまくいっていた」とは思ってないかも知れないので、そこが希望というか可能性
多分、「ずっと前は部族主義で上手くやってた」と思ってる、と思うんです。(無意識の可能性のが高いかな)
というより、それが価値観なんだと思うんですよ。
どっかで聞いたことがあるような話だと思うのですが、「部族の中では皆仲良く、お互い利益は分け合って(社会的なポジションの分け合いも血縁だけで行って)、で、そもそも部族主義がどうのこうのなんて根本的な話は、波風立てるだけから最悪よ」みたいな。
で、だれかが言い出したとすると、必ず「親方」みたいのが出てきて、押さえつける、で、そういう「親方」ってまず間違いなく権力を持ってる(部族内では)やつなんですよね。
親方の話を書いていて、私が高校時代に「マラソン大会めんどっちいから廃止論者」だったのが、自分が3年間走ったあと「俺もやったんだから継続論者」にいきなり手のひらを返したように変わったのを、思い出しました。
きょ〜ふのダブスタニンゲンだ。
>とらこさん
>ちまたにあふれるプチ親方
非常に上手く表現していただいてありがとうございます。
今後、多用させていただきたく、ご了承くださいませ。
別エントリにコメントを下さり、本エントリ関連の記事を書いてくださった、
「粉塵爆発電網記憶」http://www.avgas-bb.com/wp/?p=116のNANさんという方がいらっしゃいます。
この方にはNATROMさんの「進化論と創造論の掲示板」で私が大変お世話になり、多くを教えてくださった方なのですが、NANさんはご信条として「変えられるのは自分だけ、他者を変えることはできないし、期待してもいけない」を持っておられ(NANさん合ってますよね?)リアルでも本当にそのように考えて行動していらっしゃるようにお見受けしています。
で、私はNANさんがおっしゃるように「変えられるのは自分だけ」に同意です。
ただ、「自分を変える」のに、さまざまな情報が必要なのは事実だと思うし、他者もそうであろうと思うので、厳密かどうかの議論はあるものの「科学ではまず間違いとされていないもの」の信頼性は、ほかのものに比べるとはるかに高いと考えますので、私が分かる範囲内で「おかしいぜ」って云うものは批判したいと思っているのです。
変えられるのは自分だけ
そこに異論はないです。結果として自分以外の人も変わることはあるかと思いますが。
私が主張したいのは正論を正面から言うことの必要性です。
方法論のせいにしちゃいかんだろうと。どんなに懇切丁寧に、愛と思いやりをもって語っても、うんこはうんこ、じゃなくて、いんちきはいんちきだし認められないものは認められない。逆にどんなにキツい言い方だろうと、正論を述べている人を言い方のキツさゆえに排斥するのは自分が変わるチャンスを逃すことだと思います。
個人的な偏見が入ってると思うんですが私はどうしても「まず相手の言うことを認める」てなやり方にじんましんが出るのです。認めるに値しないことを言ってる相手の何を認めろというのかと。姑息なやり方はやめんかい、正面から行け、正面からと思ってしまう。
「親方あんたは間違っている」ですよ。この場合いうべきことは。その結果弟子がピザやの娘と別れてもわしゃ知らん。とはいかないから山岡さんみたいな人が出てくることは勿論私だってわかるけど、少なくとも「これは姑息な方法だ。根本的な怪傑解決ではない」という自覚はあってほしい。
つい興奮してしまいました。はふー、また来ます。
私が主張したいのは正論を正面から言うことの必要性です。
方法論のせいにしちゃいかんだろうと。どんなに懇切丁寧に、愛と思いやりをもって語っても、うんこはうんこ、じゃなくて、いんちきはいんちきだし認められないものは認められない。逆にどんなにキツい言い方だろうと、正論を述べている人を言い方のキツさゆえに排斥するのは自分が変わるチャンスを逃すことだと思います。
個人的な偏見が入ってると思うんですが私はどうしても「まず相手の言うことを認める」てなやり方にじんましんが出るのです。認めるに値しないことを言ってる相手の何を認めろというのかと。姑息なやり方はやめんかい、正面から行け、正面からと思ってしまう。
「親方あんたは間違っている」ですよ。この場合いうべきことは。その結果弟子がピザやの娘と別れてもわしゃ知らん。とはいかないから山岡さんみたいな人が出てくることは勿論私だってわかるけど、少なくとも「これは姑息な方法だ。根本的な
つい興奮してしまいました。はふー、また来ます。
補足
すみません、補足です。
「まず相手の言うことを認める」が例えばカルトにはまっている人のマインドコントロールを解く時などに必要なやり方であることは認識しています。(ちょちょんまげさんも大好きな浅見定雄先生の訳された「マインドコントロールの恐怖」という本などで学びました。)上述の私の意見は、それが必要なときもあるということを否定するものではありません。
「まず相手の言うことを認める」が例えばカルトにはまっている人のマインドコントロールを解く時などに必要なやり方であることは認識しています。(ちょちょんまげさんも大好きな浅見定雄先生の訳された「マインドコントロールの恐怖」という本などで学びました。)上述の私の意見は、それが必要なときもあるということを否定するものではありません。
ナイジェリアのこと
ところでナイジェリアという国とそのコクミンは、有史以来ず〜っとそんな状態なのかな?多分、ちがうと思うんだよね。なんらかの”干渉”があり、さまざまな”異文化”の強制導入があり、自治が崩壊し無秩序に至るのではないかな。また、その最大の理由が化石燃料という”資源”であり”利権”にあるんだろうね。
国全体を通して治安が最悪、政情不安定を続けている理由は、そうであった方が利権獲得・保全のために都合の良い権利者がどこかに存在し、その権利者自体は治安が良くて安定した”別の場所”に棲んでいるはず、と私は思う。
国全体を通して治安が最悪、政情不安定を続けている理由は、そうであった方が利権獲得・保全のために都合の良い権利者がどこかに存在し、その権利者自体は治安が良くて安定した”別の場所”に棲んでいるはず、と私は思う。
で、論ですが…
まぁつまりそれは「他者を変えようとした」あるいは「変えてしまった」ことから来る弊害である、と私は読んでいます。
ここで補足です。
対人関係において「誰かが別の誰かを変えることは原理的にできない(するべきではない)」のが私の信条であるのはその通りです。これはつまり(たとえば”私”の)「オコノミで」他者へ干渉することにほかならないからです。つまり合理であることも、理性的であることも、それを”ヨシ”とする群れのオコノミであることには違いなく、それが不合理を信条とする個人にとって明確に不利益であるのだとしても、本人が「損だのぉ」と認識しない限りは場合によって「侵略的干渉」にさえ発展しかねないことを、啓蒙者は認識しなければなりません。
現に角界では不祥事が次々に噴出している現状がありますが…恐らくそれはまさに「昔から」だとか「伝統」の結末と云って差支えがないのでしょう。こうなると、対人関係がどうのこうの、という問題を離れ、生存闘争として環境(時代、社会、マスコミ、ファン層、角界を構成する人員すべて)に適応すべく「変化せざるを得ない(できなければ滅ぶ)」という状況を生みます。
その結果として「切迫した危機感」を持ち、それを表明しながら「自分を変えようと努力するひと」に対して、援助や支援の手を差し伸べることであれば、私は大いに努めるでしょうし、推奨するでしょう。まぁそれでも「変わるのは自分自身」であることに変わりはありません。
ここで補足です。
対人関係において「誰かが別の誰かを変えることは原理的にできない(するべきではない)」のが私の信条であるのはその通りです。これはつまり(たとえば”私”の)「オコノミで」他者へ干渉することにほかならないからです。つまり合理であることも、理性的であることも、それを”ヨシ”とする群れのオコノミであることには違いなく、それが不合理を信条とする個人にとって明確に不利益であるのだとしても、本人が「損だのぉ」と認識しない限りは場合によって「侵略的干渉」にさえ発展しかねないことを、啓蒙者は認識しなければなりません。
現に角界では不祥事が次々に噴出している現状がありますが…恐らくそれはまさに「昔から」だとか「伝統」の結末と云って差支えがないのでしょう。こうなると、対人関係がどうのこうの、という問題を離れ、生存闘争として環境(時代、社会、マスコミ、ファン層、角界を構成する人員すべて)に適応すべく「変化せざるを得ない(できなければ滅ぶ)」という状況を生みます。
その結果として「切迫した危機感」を持ち、それを表明しながら「自分を変えようと努力するひと」に対して、援助や支援の手を差し伸べることであれば、私は大いに努めるでしょうし、推奨するでしょう。まぁそれでも「変わるのは自分自身」であることに変わりはありません。
ナイジェリアのこと
NANさん、
とりあえず、以下のリンクに目を通していただけますか。
特集 豊かな原油に蝕まれるナイジェリア
ナショナルジオグラフィック 2007年2月
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0702/feature05/
私がいた頃より遥かにひどくなっているようです。
一年半前の記事ですから、ちょっと古いですけどまず間違いなく状況は変わっていないと思います。
石油が出たのは、そんなに古い話じゃなくて1956年。(完全独立が1960年)
石油が出たときはバラ色の未来を夢見てたようですね。
もちろん旧植民地(英国)ですから、目いっぱい異文化強制されちゃってます。(植民地化されたのは19世紀末。その前にも散々ヨーロッパの列強にいいようにされちゃってます)
ただ、それ以前の歴史でも250以上の部族でずっと争っちゃってたのも事実であまり平穏な時期を持ったことのない国柄ではあるようです。(で、その頃からの民族同士の争いってのは、今でも全く変わってない)
>国全体を通して治安が最悪、政情不安定を続けている理由は、そうであった方が利権獲得・保全のために都合の良い権利者がどこかに存在し
ナイジェリア国営石油会社がナイジェリアサイドの利権を握り、5大多国籍石油企業が反対側の利権を分けているようですね。
で、こいつら(5大多国籍石油企業)が外にいて儲けちゃってるのは間違いの無いところ、そしてナイジェリア側の方のカネの動きは極めて不透明、どこいっちゃてるのかわかんないぐらい。
ですが、こいつらがわざわざ治安最悪・政情不安定にしているわけじゃないと思うんですよ。
安定してるほうが、工場操業とか流通には圧倒的に有利ですし。
とりあえず、以下のリンクに目を通していただけますか。
特集 豊かな原油に蝕まれるナイジェリア
ナショナルジオグラフィック 2007年2月
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0702/feature05/
私がいた頃より遥かにひどくなっているようです。
一年半前の記事ですから、ちょっと古いですけどまず間違いなく状況は変わっていないと思います。
石油が出たのは、そんなに古い話じゃなくて1956年。(完全独立が1960年)
石油が出たときはバラ色の未来を夢見てたようですね。
もちろん旧植民地(英国)ですから、目いっぱい異文化強制されちゃってます。(植民地化されたのは19世紀末。その前にも散々ヨーロッパの列強にいいようにされちゃってます)
ただ、それ以前の歴史でも250以上の部族でずっと争っちゃってたのも事実であまり平穏な時期を持ったことのない国柄ではあるようです。(で、その頃からの民族同士の争いってのは、今でも全く変わってない)
>国全体を通して治安が最悪、政情不安定を続けている理由は、そうであった方が利権獲得・保全のために都合の良い権利者がどこかに存在し
ナイジェリア国営石油会社がナイジェリアサイドの利権を握り、5大多国籍石油企業が反対側の利権を分けているようですね。
で、こいつら(5大多国籍石油企業)が外にいて儲けちゃってるのは間違いの無いところ、そしてナイジェリア側の方のカネの動きは極めて不透明、どこいっちゃてるのかわかんないぐらい。
ですが、こいつらがわざわざ治安最悪・政情不安定にしているわけじゃないと思うんですよ。
安定してるほうが、工場操業とか流通には圧倒的に有利ですし。
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Re:ナイジェリアのこと
紹介していただいたナショ〜の記事を読み、記事を書かずにいられない気分になったので、拙いエントリーをアップしました。実は尻切れトンボなのですが…”尻”がどんなものなのか、自分でも想像がつかないのですよ。
なにはともあれ、刺激になるソースの提示、ありがとうございました。
なにはともあれ、刺激になるソースの提示、ありがとうございました。
Pingについて
そうそう、ちょちょんまげさんがウチのブログにコメントできないことと、ウチのブログからのPingがこちらに通らない件というのは、恐らく鯖運営会社の相性とかISPの問題なんでしょうねぇ。
ちょっと勉強してみて、対処可能であればなんとかしたいと思いますが、あまり期待はできそうにないぞ!
ちょっと勉強してみて、対処可能であればなんとかしたいと思いますが、あまり期待はできそうにないぞ!
とらこさん
>私が主張したいのは正論を正面から言うことの必要性です。
方法論のせいにしちゃいかんだろうと。どんなに懇切丁寧に、愛と思いやりをもって語っても、うんこはうんこ、じゃなくて、いんちきはいんちきだし認められないものは認められない。
全く同意です。
もともと、「自分しか変えられない」はとらこさんに反論したわけでなく、認められないことを言う人がいた時に、その人自体を変えるのはむずかしいだろうけれども、それを見ていた人(人たち)が気がついたり、考えるための材料にすることはあり得るだろう、ということで、おそらくはそれが批判することの最大の効果なのかな、と。(特にネット上では)
で、絶対正面からすべきです。
方法論のせいにしちゃいかんだろうと。どんなに懇切丁寧に、愛と思いやりをもって語っても、うんこはうんこ、じゃなくて、いんちきはいんちきだし認められないものは認められない。
全く同意です。
もともと、「自分しか変えられない」はとらこさんに反論したわけでなく、認められないことを言う人がいた時に、その人自体を変えるのはむずかしいだろうけれども、それを見ていた人(人たち)が気がついたり、考えるための材料にすることはあり得るだろう、ということで、おそらくはそれが批判することの最大の効果なのかな、と。(特にネット上では)
で、絶対正面からすべきです。
NANさん
素晴らしいお記事をありがとうございます。
次のエントリで言及したいと思います。
次のエントリで言及したいと思います。
そちらにコメントできない件
NANさん、
残念、そちらのブログを荒らせないじゃないですか(笑)
で、書きたかったことをこっちで書いちゃいますけど、実は「進化論と創造論」の皆様にここを発見されるのを、密かにおそれておりました。
かの地で、単なる「質問おやぢ」に過ぎなかった私がこんなんやってると、「あのバカえらそ〜に」とか思われそうで、戦々恐々としていたのでした。
で、実は、NANさんもご存知のNewsOLさんが全て悪いのです。(私がこんなんはじめちゃったのは)
残念、そちらのブログを荒らせないじゃないですか(笑)
で、書きたかったことをこっちで書いちゃいますけど、実は「進化論と創造論」の皆様にここを発見されるのを、密かにおそれておりました。
かの地で、単なる「質問おやぢ」に過ぎなかった私がこんなんやってると、「あのバカえらそ〜に」とか思われそうで、戦々恐々としていたのでした。
で、実は、NANさんもご存知のNewsOLさんが全て悪いのです。(私がこんなんはじめちゃったのは)
No title
こちらでは、はじめまして。仲@ukiukiです。
TBが通らないようなので、早い者勝ち(?)にリンク紹介させていただきます。
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2008/08/post_4d1d.html
(大相撲関連って、こちらですよね。違っていたら、恥ずかしい……(汗)。)
TBが通らないようなので、早い者勝ち(?)にリンク紹介させていただきます。
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2008/08/post_4d1d.html
(大相撲関連って、こちらですよね。違っていたら、恥ずかしい……(汗)。)
仲@ukiukiさん
コメントありがとうございます。
こちらのエントリでございますです。
お互いにTB通らないんですね。
大相撲の将来のため、相撲協会は叩かれねばならぬ!などと思っています。(現役の時の北の湖は支持してたんだけどなぁ)
こちらのエントリでございますです。
お互いにTB通らないんですね。
大相撲の将来のため、相撲協会は叩かれねばならぬ!などと思っています。(現役の時の北の湖は支持してたんだけどなぁ)
親方の真意
表示されてるスポンサーサイトについて質問があるのですが、それは置いといて。
さて、「相撲取りにとって必要な栄養が揃っているのはピザである。魚肉や鶏肉主体のちゃんこは時代遅れだ。それが証拠に番付上位はあんまり魚を食わない地域出身だ。おまえら、ピザばかり喰え」というような親方って、非現実的でしょうか。
私はいても不思議はないと思います。というのも、親方の最も主張したいことは「お前ら、俺の言うことを聞け」であって、「昔からやっていた」とか「栄養学的に」というのは口実という可能性があるからです。
相撲協会は「伝統だから」と女性を土俵に入れず、大麻を許しがたいとし、八百長はないと主張しています。でも、そんなことを本気で言ってるとは思えない。相撲の始まりは当麻蹴速で、八百長は伝統です。一方、リンチについてはそんなに反省してるようには見えない。結局のところ、タニマチに媚びたことを言ってるだけ、としか思えない。
こういう、本当の主張の存在を隠蔽し、「伝統」や「栄養」などの意味のネットワークによって、論理的整合性をはかってるだけじゃないの、と私なんかは思うわけです。
そんなわけで、何を主張しているか、ではなく、なぜ主張しているかを探るのも大切ですね。道徳的なファンタジーを主張しているのではなく、高価な波動測定器なるもので儲けたいとか。
さて、「相撲取りにとって必要な栄養が揃っているのはピザである。魚肉や鶏肉主体のちゃんこは時代遅れだ。それが証拠に番付上位はあんまり魚を食わない地域出身だ。おまえら、ピザばかり喰え」というような親方って、非現実的でしょうか。
私はいても不思議はないと思います。というのも、親方の最も主張したいことは「お前ら、俺の言うことを聞け」であって、「昔からやっていた」とか「栄養学的に」というのは口実という可能性があるからです。
相撲協会は「伝統だから」と女性を土俵に入れず、大麻を許しがたいとし、八百長はないと主張しています。でも、そんなことを本気で言ってるとは思えない。相撲の始まりは当麻蹴速で、八百長は伝統です。一方、リンチについてはそんなに反省してるようには見えない。結局のところ、タニマチに媚びたことを言ってるだけ、としか思えない。
こういう、本当の主張の存在を隠蔽し、「伝統」や「栄養」などの意味のネットワークによって、論理的整合性をはかってるだけじゃないの、と私なんかは思うわけです。
そんなわけで、何を主張しているか、ではなく、なぜ主張しているかを探るのも大切ですね。道徳的なファンタジーを主張しているのではなく、高価な波動測定器なるもので儲けたいとか。
アフリカに必要なのは教育だ
こんばんは。sivaprodさんのところからたどってきました。
アフリカというと日本では情報が少なくて、貧困に苦しんでいるということくらいしか知られていないように思います。そうするとお金を出そうかということになるのですが、お金を出すだけじゃダメだと常々思います。
アフリカというと日本では情報が少なくて、貧困に苦しんでいるということくらいしか知られていないように思います。そうするとお金を出そうかということになるのですが、お金を出すだけじゃダメだと常々思います。
うえださま
はじめまして。
コメントありがとうございました。
私のレスは、貴ブログの方にさせていただきたく思います。
よろしくお願いいたします。
コメントありがとうございました。
私のレスは、貴ブログの方にさせていただきたく思います。
よろしくお願いいたします。
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属せない人々。
ブロガー同士のトラブルの一端に首を突っ込んでしまったゆえにここんとこずっといろんなひとのいろんな論議や表明や罵倒を見て来たわけだが。
トラブルの中心におられて不愉快な思いをされた、あるいは今もされてる方々には叱られるかもしれないけど、私にとっては...
ホワイトバンドまだつけてる
こんばんは。日本ではもうBlog Action Day 10月15日も終わりに近づいているらしい。あわてて書かなくっちゃ。
3年前、「白いバンド買ってきた」のホワイトバンド、まだつけています。手につけたり外したりは面倒なので、かばんにつけっぱなしというだけなのですが。
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ただ、親方の頭の中には、「これまでこのやり方でうまくいってたんだから、これからもこれでいい」 という考えがありそうですが、内紛が続くナイジェリアの人々は、「これまでこのやり方でうまくいっていた」 とは思ってないかも知れないので、そこが希望というか可能性といえなくもないですね。
つづきを楽しみに待ってます。 (※ノイズコメにつきスルー希望)